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2009.06/27 [Sat]
スマートに生きれなくてもいい
隣の芝生は青く見える。
とかく人は隣の人と自分を比較したがります。
しかし、比較して優越感に浸るのであればまだ救われますが、自分のどこかに不満が満ちてきたら
それは不幸の始まりでもあります。
できれば隣の芝生は見ないほうがいいです。
今の世の中は情報化社会。
テレビでも、雑誌でも、はたまたインターネットでも、いくらでも隣の芝生が青く見えてしまう状況に我々はさらされています。
テレビや雑誌では理想とする生活、限りのない欲求に拍車をかける情報。
またインターネットでは、ブログを通して、お隣さんの生活を垣間見ることができます。
それらが事実かどうかは別としても、そうした自分の現実と比較する要素をもつ情報が氾濫しています。
皆、それらを見ては自分の今と比較をし、それを目指す人もいれば、それをみて落胆する人もいます。
一方で、そうした情報は人にスマートに生きることを求めているようにも感じます。
でも生きることは、そんなスマートにすすむものではありません。
理想と現実は違うのです。
なにも、悲観論で話しているのではありません。
生きるっていうのは、もっと泥臭いもの。
ようやく今になって実感としてわかってきた。そんな感じです。お恥ずかしながら(笑)
ドロドロとしたものから、何かをつかみ、それを引き出していくのが生きるということではないでしょうか。
どんな人生を歩むかは人それぞれです。
私はスマートに生きたいと思って生きてきました。
徹底した安全、安心志向。
でも、何か苦しい。
それはそうなっていないからというより、そうなろうとすることに無理があるからです。
現実に逆らおうとしているからでした。
スマートには生きられないようです(笑)
いろいろ、あります。生きるって。
人と比較するのはやめにして、今日だけは今日の自分。
現実に逆らわずに、泥臭ーく生きることも、一つの生き方ではないでしょうか。
そんな泥臭い生き方かは、わかりませんが、生きるって、こんなかもって感じた本があるので、ここでご紹介します。
「富士日記」 武田百合子 著 中公文庫
著者の日々の日記なのですが、これを読んでいると人生、スマートに生きようとするのが、えらく馬鹿馬鹿しくもなりますし、とかく先をみて生きていくのが今の時代の生き方ということに、警鐘を鳴らす内容となっています。
もちろん著者はこの本のなかで、そんな哲学的な事は一切ふれていません。
ただただ、淡々と日々の生活を日記にしたためたものです。
しかし、そこには先をみるより、泥臭く一瞬一瞬を生きることの力の大切さが私には何より感じるのです。逞しさを感じるのです。
生きるって忙しいです。
いろんなことに翻弄されてしまうものです。
ドラマのようにうまくいきません。かっこよくもきまりません。
毎日、何かに、誰かに振り回されて生きているように感じている、あなた。
生きる実感を得ようと、何かを必死になって探している、あなた。
スマートに器用に生きようとすることを手放しましょう。
ただ、ただ生きる。
Doingではなくて、Being。
ただ、「今」あること。
求め続け、得ようとするDoingの生き方も、前向きって言えば前向きですが、
苦しくなったら、Beingを意識してみませんか。
足元の幸せを感じることを忘れているかもしれませんよ。
●お悩みのご相談、カウンセリングの予約など詳しくはホームページをご覧ください。
こちらを今すぐクリック!↓
http://counselingdolphin.web.fc2.com/counselingdolphin/
右サイドバーにある、メール投稿フォームからも送信できます。
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とかく人は隣の人と自分を比較したがります。
しかし、比較して優越感に浸るのであればまだ救われますが、自分のどこかに不満が満ちてきたら
それは不幸の始まりでもあります。
できれば隣の芝生は見ないほうがいいです。
今の世の中は情報化社会。
テレビでも、雑誌でも、はたまたインターネットでも、いくらでも隣の芝生が青く見えてしまう状況に我々はさらされています。
テレビや雑誌では理想とする生活、限りのない欲求に拍車をかける情報。
またインターネットでは、ブログを通して、お隣さんの生活を垣間見ることができます。
それらが事実かどうかは別としても、そうした自分の現実と比較する要素をもつ情報が氾濫しています。
皆、それらを見ては自分の今と比較をし、それを目指す人もいれば、それをみて落胆する人もいます。
一方で、そうした情報は人にスマートに生きることを求めているようにも感じます。
でも生きることは、そんなスマートにすすむものではありません。
理想と現実は違うのです。
なにも、悲観論で話しているのではありません。
生きるっていうのは、もっと泥臭いもの。
ようやく今になって実感としてわかってきた。そんな感じです。お恥ずかしながら(笑)
ドロドロとしたものから、何かをつかみ、それを引き出していくのが生きるということではないでしょうか。
どんな人生を歩むかは人それぞれです。
私はスマートに生きたいと思って生きてきました。
徹底した安全、安心志向。
でも、何か苦しい。
それはそうなっていないからというより、そうなろうとすることに無理があるからです。
現実に逆らおうとしているからでした。
スマートには生きられないようです(笑)
いろいろ、あります。生きるって。
人と比較するのはやめにして、今日だけは今日の自分。
現実に逆らわずに、泥臭ーく生きることも、一つの生き方ではないでしょうか。
そんな泥臭い生き方かは、わかりませんが、生きるって、こんなかもって感じた本があるので、ここでご紹介します。
「富士日記」 武田百合子 著 中公文庫
著者の日々の日記なのですが、これを読んでいると人生、スマートに生きようとするのが、えらく馬鹿馬鹿しくもなりますし、とかく先をみて生きていくのが今の時代の生き方ということに、警鐘を鳴らす内容となっています。
もちろん著者はこの本のなかで、そんな哲学的な事は一切ふれていません。
ただただ、淡々と日々の生活を日記にしたためたものです。
しかし、そこには先をみるより、泥臭く一瞬一瞬を生きることの力の大切さが私には何より感じるのです。逞しさを感じるのです。
生きるって忙しいです。
いろんなことに翻弄されてしまうものです。
ドラマのようにうまくいきません。かっこよくもきまりません。
毎日、何かに、誰かに振り回されて生きているように感じている、あなた。
生きる実感を得ようと、何かを必死になって探している、あなた。
スマートに器用に生きようとすることを手放しましょう。
ただ、ただ生きる。
Doingではなくて、Being。
ただ、「今」あること。
求め続け、得ようとするDoingの生き方も、前向きって言えば前向きですが、
苦しくなったら、Beingを意識してみませんか。
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2009.06/18 [Thu]
意味はどうでもいい。
何か意味をもって事に臨むことは大切なことです。
でも、あまり意味を見出そうとすると息詰まることもあるんです。
特に、鬱に悩んでいる方、パニック障害に悩んでいる方。
このような方は、克服の過程において、事の意味をとても深く考えてしまうようです。
これも病気の症状の一つでもありますし、神経が過敏になっているときというのは、自己内省が
強く出てきますから、とても感受性が鋭くなります。
克服するための行動を起こすとき、この意味を深く考え、今ある状態、今やっている事に対して意味を見出そうとするとややこしくなることがあります。
行動に移れなくなるんですね。
意味の無いことはやっても仕方が無い。
結果がすべて。
無駄なことはやりたくない。
そんな考え方をもっている方は、特に注意です。
私はすべてがそうでした。
今も、そんな傾向に陥るときもしばしばです。
ただ生活に支障がないだけで。
でも、そんな思考に支配されているときは、必ずといっていいほど行動が鈍っていますね。
回復への道は、実は意味のないことも、淡々とやることなんです。
結果はどうでもいいんです。
ただやるだけ。
うまくいかなくても、単にうまくいかなかっただけ。ただそれだけなんです。
それを次に活かそうなどと自我が出てくると、ややこしくなるのです。
そんなのはどうでもいいんです。
その時々に必要なことを、とりあえずやってみたか、やらないでおいたか。
それだけなんです、回復への行動のポイントは。
回復がなかなか進まない人は、頭でっかちになってしまってるんです。
行動ができない人は、損得勘定がすぎるんです。
苦しいから、辛いから、色々と理由は出てくるでしょう。
でも、どこかで「やってもできっこないからやらない。できそうじゃないなら、やっても無駄だからやらない。」そんな言葉を自分にかけているとしたら、あなたはこれから先も何かと理由を付けて、行動の先送りをし、なかなか回復へのレールには乗れないでしょう。
問題は行動することなんです。
行動するからには・・・なんて考えないでください。
意味も、結果もそんなのはどうでもいいです。
ただ、ただただ、動く。
それだけです。
「今日することが、明日のあなたです」
明日はどんな一日にしたいですか?
すこしでも希望する明日に近付くには、今日のあなたは何をしたらいいのでしょうか?
●お悩みのご相談、カウンセリングの予約など詳しくはホームページをご覧ください。
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http://counselingdolphin.web.fc2.com/counselingdolphin/
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でも、あまり意味を見出そうとすると息詰まることもあるんです。
特に、鬱に悩んでいる方、パニック障害に悩んでいる方。
このような方は、克服の過程において、事の意味をとても深く考えてしまうようです。
これも病気の症状の一つでもありますし、神経が過敏になっているときというのは、自己内省が
強く出てきますから、とても感受性が鋭くなります。
克服するための行動を起こすとき、この意味を深く考え、今ある状態、今やっている事に対して意味を見出そうとするとややこしくなることがあります。
行動に移れなくなるんですね。
意味の無いことはやっても仕方が無い。
結果がすべて。
無駄なことはやりたくない。
そんな考え方をもっている方は、特に注意です。
私はすべてがそうでした。
今も、そんな傾向に陥るときもしばしばです。
ただ生活に支障がないだけで。
でも、そんな思考に支配されているときは、必ずといっていいほど行動が鈍っていますね。
回復への道は、実は意味のないことも、淡々とやることなんです。
結果はどうでもいいんです。
ただやるだけ。
うまくいかなくても、単にうまくいかなかっただけ。ただそれだけなんです。
それを次に活かそうなどと自我が出てくると、ややこしくなるのです。
そんなのはどうでもいいんです。
その時々に必要なことを、とりあえずやってみたか、やらないでおいたか。
それだけなんです、回復への行動のポイントは。
回復がなかなか進まない人は、頭でっかちになってしまってるんです。
行動ができない人は、損得勘定がすぎるんです。
苦しいから、辛いから、色々と理由は出てくるでしょう。
でも、どこかで「やってもできっこないからやらない。できそうじゃないなら、やっても無駄だからやらない。」そんな言葉を自分にかけているとしたら、あなたはこれから先も何かと理由を付けて、行動の先送りをし、なかなか回復へのレールには乗れないでしょう。
問題は行動することなんです。
行動するからには・・・なんて考えないでください。
意味も、結果もそんなのはどうでもいいです。
ただ、ただただ、動く。
それだけです。
「今日することが、明日のあなたです」
明日はどんな一日にしたいですか?
すこしでも希望する明日に近付くには、今日のあなたは何をしたらいいのでしょうか?
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2009.05/22 [Fri]
気分が滅入ると起こること
人は気分が滅入ってくると、どうしても批判的になりがちです。
その批判が怒りに変わると、もう頭はオーバーヒート。
冷静で現実的な判断、思考が出来ず、それは自分だけの潔癖なルールにのっとったものとなりがちです。
どうして?
何で〜なの?
はたして○○する意味があるの?
そんな疲労した状態で価値判断をしようとしたり、はたまた意味を見出だそうとしたり、原因を考えようとすることは、かえって頭を疲労させるだけです。
そんな疲労が、ジワジワと蓄積していくことで、神経が過敏になったりして、また同じような事を、グルグルと考え出す…
気分の滅入りに気付いたのなら、自分の思考、感情があらぬ方向へと向かっている事を少し意識してみましょう。
批判や怒りがムラムラと出てきたら、感情のなすがままではなく、その感情にまず意識的に気付き、実況中継してみましょう。
そして必要以上に思考を追わないこと。
考えないようにするんじゃありません。
あくまで考えてしまうことが前提。
そう考えてしまっていること、枝葉を伸ばしてしまっている自分の思考に少しでも早く気付き、あらぬ考えに向かわないように摘み取るんです。
自分の思考、そしてそれに伴う感情を客観的に眺めることで、思考と感情の暴走を少しでも防ぎ、神経の弾力性を取り戻すことは、精神的な疲労を防ぐ上で、とても大切な事となります。
「今日することが、明日のあなたです」
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その批判が怒りに変わると、もう頭はオーバーヒート。
冷静で現実的な判断、思考が出来ず、それは自分だけの潔癖なルールにのっとったものとなりがちです。
どうして?
何で〜なの?
はたして○○する意味があるの?
そんな疲労した状態で価値判断をしようとしたり、はたまた意味を見出だそうとしたり、原因を考えようとすることは、かえって頭を疲労させるだけです。
そんな疲労が、ジワジワと蓄積していくことで、神経が過敏になったりして、また同じような事を、グルグルと考え出す…
気分の滅入りに気付いたのなら、自分の思考、感情があらぬ方向へと向かっている事を少し意識してみましょう。
批判や怒りがムラムラと出てきたら、感情のなすがままではなく、その感情にまず意識的に気付き、実況中継してみましょう。
そして必要以上に思考を追わないこと。
考えないようにするんじゃありません。
あくまで考えてしまうことが前提。
そう考えてしまっていること、枝葉を伸ばしてしまっている自分の思考に少しでも早く気付き、あらぬ考えに向かわないように摘み取るんです。
自分の思考、そしてそれに伴う感情を客観的に眺めることで、思考と感情の暴走を少しでも防ぎ、神経の弾力性を取り戻すことは、精神的な疲労を防ぐ上で、とても大切な事となります。
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2009.05/17 [Sun]
思考の自動操縦
人は「今」という瞬間に生きているように思いますが、実は今を「未来」や「過去」と照らし合わせて
生きています。
人は何かに極度に集中している時以外は、ほとんどの時間、自分の思考を意識することなく
ただただ、なすがまま見ること、聞くことなどに反応し思考を漂わせます。
これを思考の自動操縦状態と言います。
この思考の自動操縦状態というのは、非常にラクであるかのように思えますが、実は何の実にも成らず、時には破壊的な方向へ人を導いていきます。
人は目標を常に掲げ、それを意識していくことで目標に向けて行動し達成することができるわけですが、この作業は「今」を意識しなくてはできないことです。それとは逆にただ漠然と目標ではなく理想として掲げているだけでは、ただ思考を漂わせているだけでいつまでたっても、その理想は達成されないでしょう。これはただ「未来」に想いをよせているだけです。
理想を思うことは思考のお遊び。思考の自動操縦状態と言えるのです。
何の実にもなりません。
また、こんなこともあります。
嫌な人と会って話しをしなくてはならない。
嫌な人ですから、あなたは初めからその相手に対して壁をつくり、何らかの先入観をもって、その相手と会うでしょう。
そしてその相手の話を聞いているときの、あなたはその相手の話しには無関心でむしろ反論をおぼえるかもしれません。
そんな時のあなたの思考は、そんな相手を嫌いになったきっかけになった「過去」に飛び、そこから様々な思考の枝葉を伸ばし、「今」に存在しません。
ますますその相手に対する嫌悪感を持つに至るでしょう。
思考はほっておくと、どんどんと枝葉を伸ばし、あなたを未来や過去に飛ばします。
そして「今」という起きている現実を歪ませます。
事実を事実として見ることができなくなります。
きちんとした目で見ることができないと、「受け容れる」ことができなくなります。
パニック障害、不安神経症などを長い間患っていると、どうしても「今」に生きることがしずらくなります。予期不安にかられている状態というのは、「今」ではなく、未来や過去へ思考が飛んでいるのです。また思考をなすがまま自動操縦状態にさせてしまっているのです。
ですから、見るもの、聞くことなど周囲に容易に振り回される結果になるのです。
きちんと自分の思考を意識し、「今」に立ち返ることができるようになると、周囲からの影響に振り回せれることが少なくなり、取りこし苦労が減り、予期不安などもなくなってきます。
この思考を野放しにしておくことほど危険なことはありません。
気持ちがすぐに動揺してしまう人、感情的に不安定な人などは、「今」を生きれていません。
人は「今」という現実に反応し、それに対して思考はすぐに枝葉を伸ばしはじめます。
未来や過去にです。常に「今」起きた現実と照らし合わせるのです。これは避けられません。
ただ、その枝葉に注意してください。
その思考の枝葉を野放しにしておくと、「今」起きている事実をゆがめ、それに気が付かずにいると
あなた自身も事実を正しい目で見ることができなくなります。
それはあなたにとって受け容れがたい現実となっていくでしょう。
今、自分の気分はどうですか?
何を考え続けていましたか?
なぜ、考えていたのでしょうか?
どこまで枝葉を伸ばしていましたか?
その枝葉は今、起きた事とどの程度関係していたことなのでしょうか?
様々な記憶をひっぱってきては、今起きた事実にくっつけてしまうのが人の思考です。
しかし、それはもはや「今」起きた事実を見ていません。
未来や過去に意識をもっていかれすぎないように。
もし、それに少しでも早く気が付けたら、あなたの毎日はとても建設的で幸せを意識できること間違いなしです。
「今日することが、明日のあなたです」
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生きています。
人は何かに極度に集中している時以外は、ほとんどの時間、自分の思考を意識することなく
ただただ、なすがまま見ること、聞くことなどに反応し思考を漂わせます。
これを思考の自動操縦状態と言います。
この思考の自動操縦状態というのは、非常にラクであるかのように思えますが、実は何の実にも成らず、時には破壊的な方向へ人を導いていきます。
人は目標を常に掲げ、それを意識していくことで目標に向けて行動し達成することができるわけですが、この作業は「今」を意識しなくてはできないことです。それとは逆にただ漠然と目標ではなく理想として掲げているだけでは、ただ思考を漂わせているだけでいつまでたっても、その理想は達成されないでしょう。これはただ「未来」に想いをよせているだけです。
理想を思うことは思考のお遊び。思考の自動操縦状態と言えるのです。
何の実にもなりません。
また、こんなこともあります。
嫌な人と会って話しをしなくてはならない。
嫌な人ですから、あなたは初めからその相手に対して壁をつくり、何らかの先入観をもって、その相手と会うでしょう。
そしてその相手の話を聞いているときの、あなたはその相手の話しには無関心でむしろ反論をおぼえるかもしれません。
そんな時のあなたの思考は、そんな相手を嫌いになったきっかけになった「過去」に飛び、そこから様々な思考の枝葉を伸ばし、「今」に存在しません。
ますますその相手に対する嫌悪感を持つに至るでしょう。
思考はほっておくと、どんどんと枝葉を伸ばし、あなたを未来や過去に飛ばします。
そして「今」という起きている現実を歪ませます。
事実を事実として見ることができなくなります。
きちんとした目で見ることができないと、「受け容れる」ことができなくなります。
パニック障害、不安神経症などを長い間患っていると、どうしても「今」に生きることがしずらくなります。予期不安にかられている状態というのは、「今」ではなく、未来や過去へ思考が飛んでいるのです。また思考をなすがまま自動操縦状態にさせてしまっているのです。
ですから、見るもの、聞くことなど周囲に容易に振り回される結果になるのです。
きちんと自分の思考を意識し、「今」に立ち返ることができるようになると、周囲からの影響に振り回せれることが少なくなり、取りこし苦労が減り、予期不安などもなくなってきます。
この思考を野放しにしておくことほど危険なことはありません。
気持ちがすぐに動揺してしまう人、感情的に不安定な人などは、「今」を生きれていません。
人は「今」という現実に反応し、それに対して思考はすぐに枝葉を伸ばしはじめます。
未来や過去にです。常に「今」起きた現実と照らし合わせるのです。これは避けられません。
ただ、その枝葉に注意してください。
その思考の枝葉を野放しにしておくと、「今」起きている事実をゆがめ、それに気が付かずにいると
あなた自身も事実を正しい目で見ることができなくなります。
それはあなたにとって受け容れがたい現実となっていくでしょう。
今、自分の気分はどうですか?
何を考え続けていましたか?
なぜ、考えていたのでしょうか?
どこまで枝葉を伸ばしていましたか?
その枝葉は今、起きた事とどの程度関係していたことなのでしょうか?
様々な記憶をひっぱってきては、今起きた事実にくっつけてしまうのが人の思考です。
しかし、それはもはや「今」起きた事実を見ていません。
未来や過去に意識をもっていかれすぎないように。
もし、それに少しでも早く気が付けたら、あなたの毎日はとても建設的で幸せを意識できること間違いなしです。
「今日することが、明日のあなたです」
明日はどんな一日にしたいですか?
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2009.05/07 [Thu]
信念の書き換え
面倒は避けたい。
物事は丸くおさめたい。
慌てないように用意周到。
↑これ、私がパニック障害に悩み苦しんでいた頃に自分の中で抱えていた信念です。
今でも、正直消えていません。
ただ生活に支障が無くなった程度です。
当時はもっと、かたくなな気質だったように思います。
今にして思えば、この強すぎた信念のおかげで、パニック障害がなかなか克服できなかったように強く思います。
その信念のおかげで、パニック発作と、とんだ長旅になってしまいました。
先の信念は生きていく上で、たしかにあってほしくはありませんが、何が何でもとか、必ずそうあるべきだという所までいくと、それはちょっと違う。
いずれ生きずらくなってくるでしょう。
面倒は避けるものではなくて、向き合って対応するもの。
物事を丸くおさめることは、問題の先送りとも言える。
用意も度を越すと、かえって足りないものが見え始めて、逆に慌てることに。
そうとらえる道もあったと、わかったのは完全克服から数年が経過してからです。
安心、安全でありたい。
心を掻き乱されることなく平穏無事に生きていくことこそが幸せ…
そんな風に思って生きてきました。
でも…それは理想であって、現実はそうはいかない。
それは悲観的な解釈ではなくて、現実というものは、様々な要素が絡み合って、自分の思うようにはいかない面もたくさんあります。
そんな、どうにもならない事を、どうにかしようと躍起になっていると、いずれ心を病んでしまいます。
パニック障害に長い間、悩まされ続けると、やがて安全、安心思考にとらわれ、先の信念のようなものを持つに至り、克服する上で大切な「行動」という事ができなくなります。
自分の信念を違った解釈から眺めてみましょう。
同じ解釈からは同じ結果しか生まれません。
「今日することが、明日のあなたです」
明日はどんな一日にしたいですか?
すこしでも希望する明日に近付くには、今日のあなたは何をしたらいいのでしょうか?
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物事は丸くおさめたい。
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今でも、正直消えていません。
ただ生活に支障が無くなった程度です。
当時はもっと、かたくなな気質だったように思います。
今にして思えば、この強すぎた信念のおかげで、パニック障害がなかなか克服できなかったように強く思います。
その信念のおかげで、パニック発作と、とんだ長旅になってしまいました。
先の信念は生きていく上で、たしかにあってほしくはありませんが、何が何でもとか、必ずそうあるべきだという所までいくと、それはちょっと違う。
いずれ生きずらくなってくるでしょう。
面倒は避けるものではなくて、向き合って対応するもの。
物事を丸くおさめることは、問題の先送りとも言える。
用意も度を越すと、かえって足りないものが見え始めて、逆に慌てることに。
そうとらえる道もあったと、わかったのは完全克服から数年が経過してからです。
安心、安全でありたい。
心を掻き乱されることなく平穏無事に生きていくことこそが幸せ…
そんな風に思って生きてきました。
でも…それは理想であって、現実はそうはいかない。
それは悲観的な解釈ではなくて、現実というものは、様々な要素が絡み合って、自分の思うようにはいかない面もたくさんあります。
そんな、どうにもならない事を、どうにかしようと躍起になっていると、いずれ心を病んでしまいます。
パニック障害に長い間、悩まされ続けると、やがて安全、安心思考にとらわれ、先の信念のようなものを持つに至り、克服する上で大切な「行動」という事ができなくなります。
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